コラム

「FMポート」閉局で思うメディアと個人のあり方

FMポートが2020年 6月末をもって閉局と発表がありました。

新潟日報 / FMポート 6月末で閉局

総務省によると1950年の放送法施行後、全県をエリアとするラジオ局の放送終了は全国で初めてとなるそうです。地元であり、ヘビーでなくともリスナーであった私にとってかなりのショックです。

課金してきたソシャゲが、いきなりサービス停止してしまうようなやるせない心境です。

ここで重要なのがFMポートに対して個人として課金とまでも何かしてきたか私自身への疑問でした

なぜこんな事態に陥ったのか?そしてユーザーとしてのできることはなかったのか?まとめてみました。

 

1:閉局の理由

・広告収入の低減、スポンサー不足による経営悪化

・県内ラジオ局の競合苦戦

・債務超過による経営譲渡の失敗

TV・ラジオも無料で見て聴けるのはスポンサーとの関係があってこそ成り立つ商売ですよね。今はサブスクを代表に選択肢はいくらでもあります。選択肢も増えれば広告も分散され、より収益が見込める分野に集まるのは当然の結末です。

全国初のラジオ局閉局だそうですが、これから先このような事態がラジオにとどまらず発生するでしょう。

 

2:FMポートの特色

・派手すぎず、ハメを外しすぎず、ちょうど良くゆるいの番組内容

・独自取材による綿密な企画構成

・ニッチな楽曲チョイス

・愛すべきパーソナリティたち

・スポーツ実況

・世情への提言的、共に考えてさせられる内容

平日は落ち着きを入れつつ番組を進め、週末は構成を若干ゆるめ遊びを入れつつ進行する番組運びは、習慣にしても全くうるさくなく心地良いです。

一方他局は朝から鳴り物ジャンジャン、ピックアップ曲の途中で広報を入れる。私にとっては少し賑やかすぎるので、FMポートがちょうど良い温度感です。

 

3:私にもできたことは何か?

ある投稿に新潟出身のHIKAKINさんに助けを求めている内容がありました、HIKAKINさんにどうしろと。

では、情報のインフラがひとつ消えてしまう前に、私にできたことは何だったのか?・・・

 

正直ないと思います。時代の潮流に飲み込まれのはある程度仕方のないことです。

ただ今回のコロナで感じたコンテンツを必要とするのは人間としての根元と感じましたし、無くしてはならない物ですね。

最低限できることは、聴くことそして考えることが重要だと感じました。

規模縮小して放送を行うとか、コミュニティFMで生き残るとかFMとしての選択肢はありますが、どれも小手先で発展性はありません。

首都圏集中型が見直されるなか、地方の発展が進み、大型企業が地方に進出し地域に貢献する時代がきそうですが、時間がかかるでしょう。

4:まとめ

6月末までは、名残惜しく聴き続けるとしてこれから先は寂しくなりますね。

地元民としては地域活性がこのような悲劇回避のあり方かなと思いますが、まだまだ先の話のような気がします。

負のスパイラルを断ち切るためにできることは協力していきたいですね。

 

-コラム

© 2024 マスブログ Powered by AFFINGER5